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「俺が聞いたのはこうだよ。最終電車で二人きりになったキャリーバッグを大事そうに抱えている女に、男が聞くんだ。『ワンちゃんですか?』って。すると女は首を横に振る。『じゃあネコちゃん?』もう一度、男が聞く。女はやっぱり首を横に振る。そして、無言でキャリーのふたを開けて男に見せるんだ。男が中を覗くと、そこには――」
「そこには?」
「目の前にいた女の頭が転がっていて、それがにたりと笑ってこう言うんだ。『わ・た・し・よ―――っ』って」
「『わ・た・し・よ―――っ』って?」
「そう、『わ・た・し・よ―――っ』って。で、慌てて顔を上げると、バッグを持った女の、首から上がなくなっていて、切り口からドクドクと湧き水みたいに赤い血があふれ出していたって」
飲み会の席で聞いたそんな話を記憶の片隅に置いて、私は最終電車に揺られていた。
ほどよい酔いと振動が眠りを誘い、ついうとうととしてしまった。
ふと目を覚ますと……
目の前の座席に、膝にキャリーバッグを載せた人物が座って、こちらを凝視していた。
聞いた話では『女の人』だったが、私の目の前にいる人物は、まだらな白髪を背中まで伸び放題にさせた、やせ細った老婆だった。
老婆の射るような視線が居心地悪くて、再び目を閉じ寝たふりをすると、つんと鼻をつく悪臭がしてきた。
目を開けると、目の前に老婆が立っていた。異臭を放ちながら。ところどころ抜けのある、黄色い歯を見せて笑いながら。
「何番がイイ?」
「は?」
キャリーバッグを突き出して、しゃがれた声で老婆が言う。
「何番がイイ?」
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