彼女と私

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「夏休みは帰るから」 ケータイにむかって喋る女の子。それは帰らない方の「帰る」だろう、とその横顔を盗み見る。椿麗はまるでタカラヅカなその名前に劣らない美少女だった。入学テストは首席で、後期からは生徒会に入るのだろうともっぱらの噂だったから、クラスも階も違う私でも知っていた。細い腕と脚、小さな顔。男役みたいな雰囲気が漂うのは、高い背だけでなく目元の印象もあるだろう。くっきりとした二重に切れ長の目が涼しい。背中まで伸びた黒髪のポニーテールが風になびいている。 頭髪は肩についたらくくること。電話するときは屋上で。人の少ない今でさえルールを順守する彼女。真面目なんだな、と思う。 耳からケータイを離した彼女は、細長い指先で画面をごしごしと拭く。はーと大きく息を吐いてから、ふいに顔を上げてこちらに視線を飛ばしてきた。 「帰らないんだね」 まさか話しかけられるとは思ってなかった。やや遅れをとって返事をする。 「椿さんも、帰らんのやな」 名前を呼ばれて驚いた表情をしたのもつかの間、彼女はみるみる笑顔になって一緒に屋上でお昼ごはんを食べようと提案してきた。 「屋上でご飯なんか食べたら叱られんで」 「でも今日の空、とても綺麗よ」 たしかにきれいな青空だ。しかしそれは理由になってない気がする。真面目なのか不真面目なのか分からないなと思ったけれど、椿さんの中には良い悪いの線がしっかりあって、それに従って行動してるんだというのは何となくわかった。空が綺麗な日、屋上で昼ごはんを食べるのは椿さんにとって良いことなのだ。 しっかりした人なんだなと思った。
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