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坂を下り、五条大橋を渡り、そこから一つ北に入った通りをずっと歩いたところに村木製菓舗はあった。その店先にはクラスメイトの村木あかりがいた。
「え、ここ村木さん家?」
「そやねん。お菓子買いにきてくれたん? ありがとうねえ」
驚く私に、村木さんはゆったりと礼をのべた。正直、面と向かって彼女と話したのは初めてだった。それは椿さんも同じだろうと振り向いたら、彼女はケースの中に行儀よく並んでいる、まるくて小さなその和菓子をじっと見つめていた。
「これさあ、空みたい。昨日、山田さんとお昼ご飯食べたときの空、こんな色だったよね」
二人に話しかけるように言うから驚いた。彼女は人見知りという言葉を知らない。それは対する村木さんも同じだった。
「椿さんはロマンチストやねえ。お菓子、誰に渡さはんの?」
一瞬、椿さんの顔から色が消える。中学生の頃のクラスメイトだと軽く流せばいいのに。彼女は嘘がつけない。沈黙の水たまりに小石を落としたのは、村木さんのおばあちゃんだった。
「あかりちゃん、お友達?」
「うん、おんなじ高校の友達やねん」
村木さんは店の奥にある作業場の方を振り返って答えると、すぐこちらに向き直って言った。
「言いたなかったら、ええんよ。椿さんの大切な人に渡してほしいなあて思ただけやし」
きょとんとしている彼女にむけて、村木さんはにこにこしながら続ける。
「これ、おばあちゃんの手づくりやから。涼玉いうてな、ほんまは水を表してんの。でもそうやって自分の思い出とか気持ちに重ねて、大切にしてくれたらすごい嬉しいわあ」
その一連の流れで分かった。この子は幸せな女の子なのだと。クラスメイトの前であかりちゃんなんて家族に呼ばれても、素直に返事をする。初めて向かい合って話したような人のことも、ためらわず友達という。他の誰かの大切なものを、同じように大切にできる。今、自分がおかれているこの場所の大切さを分かっている。根が素直なのだ。きっと色んな人に愛されて育ってきたんだろうな。隣を向くと、椿さんもまた眩しそうに村木さんをみていた。
彼女はその涼玉を四つ買い、私たちは帰路についた。
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