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午前八時に家を発ち、宿へ着いたのは、半時間後の事だった。 受付を終え、そのまま部屋へ向かい、荷物と一緒に横になったーー。 いつの間にか、寝てしまっていたらしい。掛け時計は午前四時を示していた。散歩でもしようかと一つ伸びをし、身支度を手早く済ませた。 一月下旬ということもあり、見渡せば白だった。それでもなお、白は降り続けている。誰の足跡もないのが新鮮で、思いのままにそれを残していった。 しばらく歩いていると、すぐ左に深い公園があり、中へ入っていく。 ふと、白の中に、わずかな紅がみえた。近づいて見ると、それらは梅だった。あちらこちらで、それぞれが美しく咲き誇っている。その一本の近くに立てられていた看板があった。上の白をなでるように、すっと払うと、消えかけの刻字で「寒紅梅(かんこうばい) 一月下旬~二月上旬」と記されており、冬に咲く梅もあるのだと知る。それらを、左ポケットに入れていた、携帯の無音カメラアプリで収めていった。 少しすると、奥からかすかに音が聴こえた。そうっとその方へ進むと、一人の女学生が、そこにいた。深緑(ふかきみどり)を身にまとい、かじかむ指でシャッターボタンを押していた。あまりに儚げなその横顔に、ピントを合わせる。 その時だった。 ふいに、彼女がこちらを向いたのだ。 レンズ越しに目が合った。 「あ。」 冬だというのに、まるで風鈴の()を聞いたかのような、そんな声だった。私は、彼女から目を離さずに、携帯だけをゆっくりと下ろしたーー。
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