非-我について

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「しのぶ」という名前の由来について詩子には話さなかった。彼女はどちらかというと、世界に肯定的な人間だったから。 彼女は想像することができなかったのだ。この静かに持続する、美しく愛すべき世界に、逃れがたい悪が蔓延っているという事実を。自分たちの住んでいた街が、轟音とともに放たれた砲弾によって崩れ落ち、悲鳴と砂埃が暗い空に舞う夜、泣くことすらできずにうずくまって、ただひたすら神に憐れみを請うことしかできない子供達がいること、それが「在る」ことを許容する世界の悪の本性を、詩子は認めることができなかったのだ。 僕はこの哀れな女、世界を愛しているこの女を、守りたいと思った。だから結婚した。
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