非-我について

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詩子は決して自分の父親を恨んでいるわけではなかった。彼女は愛情深い人間だったが、それもひとえに両親の深い愛情が注がれた結果だ。父親だって望んで娘を差し出したわけではない。彼は会社の経営が悪化した責任を重く受け止めていたからこそ、自分の一番大事な愛娘を生贄にしたのだ。少なくとも、娘がお金に不自由しない生活をできるということだけが、父親にとっての慰めだったに違いない。 詩子もまた父親の心情を理解していた。だから彼女は己の不幸に耐えるため、できるだけ心を動かさないようにしていた。あらゆることに無感動になることで、魂の安寧を保っていたのだ。大学で学部が一緒になって詩子と出会った僕は、彼女の魂の在りように非常に興味を持った。だから僕は積極的に彼女に話しかけて、仲が良くなり、恋に落ちた。
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