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どれくらいの時間が経ったのだろう。老婆の手はとても暖かく、ささやく様な言葉は僕の心の奥に優しく響いていた。さっきの幻想と、この老婆との空間は、今まで感じた事がない時間だった。
「おばあちゃん」女性の声がした。
「あんまり出歩かないでって、先生にも言われたでしょう」
「めぐちゃん、今日は省ちゃんが帰って来たから特別だよ」と老婆が答えた。
「なんかすみません、おばあちゃんが迷惑かけて」
とめぐちゃんと老婆が呼ぶ孫らしき女性が言う。
「とんでもない、とてもいい時間でした」と言って
その女性を見上げた。すると時が止まった。
「美穂」思わず声が出た。その女性は信じられない程美穂に似ていた。「えっ」とその女性が驚いた様に僕を見た。僕は動揺を隠す様に「すみません、なんでもないです」と返した。
胸の鼓動が止まらない。こんな事ってあるのか?
まだこれは幻想なのか。
美穂が髪をショートにして少し日焼けした様な感じだ。呆然とする僕を気にしたのか「この辺の人ですか?」と聞いてきた。
「いや、全くのよそ者です。海岸沿いを1人旅してここにたどり着いたって感じです」と答えると、老婆が「省ちゃん、お腹すいてない?」と微笑みながら聞いてきた。「大丈夫だよ」と言ったのだが僕の手を引いて歩き出した。「良かったらどうぞ、すぐそこの民宿なんです、おばあちゃんに気にいられたみたいですね」と美穂のような女性は笑った。
「民宿なら、泊まり大丈夫ですか?」
「大歓迎です。ここにはどれくらいですか?長期の方がお得ですよ」
「じゃあ、1カ月にします」と口に出てしまった。
この奇妙な出会いが運命ならば失った明日を取り戻す事が出来るのだろうか。あの日から壊れたままの僕の心が少しずつ動き出していた。
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