壱 美術部 NEXT TO THE DOOR(1)

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「それじゃ、一応、皆さんにも自己紹介してもらいましょう。名簿順に〝あ〟からということで、浅野くんから。そうだな、名前と出身校、それから趣味とか高校生活での抱負とか、何か一言添えてお願いします」  と、真奈が妄想に花を咲かせていると、渋沢が学校初日にはお決まりの通過儀礼「自己紹介」をセオリー通りに始める。 「ゴホン…えっと、浅野一郎です。玉造たまづくり中出身です。え~と、趣味は…」  名簿順――つまり五十音順に一人づつ、真奈の新クラスメイト達は自己紹介をしてゆく。真奈は宮本の〝み〟なので、五十音後ろの方な人間の性としてまだまだ先の最後の方である。  とはいえ、自分もやることに変りはないので彼女も妄想を途中で切り上げ、他の者達の言葉に耳を傾けながら自己紹介の内容を考える……。  こうした自己紹介において、人はおとなしく無難な内容の自己紹介をするか? それとも思い切ってウケを狙った自己紹介をするか? という、極めて重大な運命の選択に迫られる。  ウケを狙った自己紹介をした場合、無事成功を収めれば一躍クラスの人気者へと上り詰めることができる……  が、逆にもしも一度ひとたび失敗し、教室を氷河期の如き極寒の気候に貶めることにでもなれば、その瞬間から〝寒いヤツ〟というレッテルを貼られ、これから後の人生、その重い十字架を背負って生きていかなければならない……  これは、非常に勇気のいる賭けなのだ。  ……ハァ……ハア……こ、ここは、あの某伝説的なツンデレ創造主少女の衝撃的自己紹介を真似て一気にスターダムへと伸し上がるか……えっと、あたしは普通の人に興味は……。  真奈はクラスの皆からちやほやされる未来を妄想し、非情な二者選択のゲームの中、危険な賭けのカードへと手を伸ばそうとする。 「桜井朋絵です。熊野中出身です。趣味は美術鑑賞とお菓子作りです。どうぞよろしくお願いします」  今、親友の朋絵が自己紹介をしたが、彼女はとっても女の子らしい、男子受けのする理想の女子的な至極無難なものであった。  ……いや、やっぱりギャンブルはよそう。ま、こんなところで無理して危険な賭けに出ることもないな。あたしも無難なものにしとこうっと。  それよりも、あたしの興味はもっと他のところにあるんだ……。
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