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ある日の晩、刺繍を刺す手を止めて窓の外を見た。裏路地に面していて月明かりも入らないその窓からは、風が吹く音だけが聞こえた。
あのひとが初めて姿を見せたのは、あの窓からだった。それからだいぶ経ったけれども、あのひとが姿を見せなくなってからどれだけ過ぎたのだろう。
ぼんやりと物思いに耽る。
ふと、はっとして頭を振る。何故私はあのひとの事を考えているのだろう。煩わしいと思っていた筈のあのひとを。
私のことを諦めるように、無理難題を言った。そう、その頃からあのひとは姿を見せなくなった。
「愛想を尽かせたのね、きっと」
それで良い。それで良い筈なのに、あのひとが現れるのを待ちわびてしまう自分がいる。
もどかしかった。
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