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01
注射器でエーテルを流し込む
命が消えていくのを感じる
終業式後の夏の太陽が差し込む教室。
担任が連絡事項を伝え終え退室すると、
いつもに増して落ち着きのない生徒達が喋りだす。
てか海いきたい
あたしまだ水着買ってない
バーベキューの持ち物分担どうすんの
兄ちゃんのランクル何人乗りだっけ?
あ、女子高の子達も来るってさ
宿題だるくね
バイトもだるい
皆、高校最後の夏休みをいかに充実させるかに余念がない。
甘いパック入り飲料のストローを齧りながら、スケジュールを埋めていく。
その青春を謳歌する集団の中心には、いつも上條拓也がいる。
彼は人に好かれるように出来ている。
勉強もスポーツも卒なくこなし、
見目もなかなか、
そして明るく爽やかな性格で嫌われる要素が見当たらない。
バスケ部の元部長として後輩から慕われ、
紳士的だがノリは良く同級生から愛され、
絵に描いたような優等生として、教師陣からの信頼も厚い。
今もひっきりなしに誘いの声がかかっている。
拓也は“みんなの拓也”なのだ。
「ごめん!今日は用事があるから帰るわ」
普段の拓也ならば
友人と買い物をしたり、
休暇中の予定を擦り合わせたり、
カラオケやファミレスに行ったり……と、
如何にも高校生らしいアフターを楽しむのが定番だが、数多の誘いを全て断りあっさりと帰ってしまった。
残されたクラスメイトの呆然とした顔を横目に、彩斗も席を立つ。
誰も引き留めたりはしない。
彩斗は教室ではいつも一人だ。
夏らしい 空色のリュックを背負い、目に痛いほどの黄色いスニーカーを履いて歩く。
慣れた帰り道を歩いていると、スマホがメッセージを受信して震えた。
『今夜やろうぜ』
たった一言。
それは先程、全ての誘いを断っていた彼、拓也からだった。
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