行列の先に

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  〝日本人ってマジメだよなあ〟  ふと彼がそう言っていたことを思い出す。  その言葉は、街の真ん中に並んでいる人々へ向けられたものだった。その日は新しいスマートフォンの発売日だったため、朝から携帯ショップの前に列ができていたのだ。呟いた彼の声色には、どこか侮蔑の色が滲んでいたように思う。  彼は行列が嫌いな人だった。  どんな目的があったとしても、長時間待つことが苦痛なのだそうだ。たしかに並ぶのが苦手な人はいる。それは性格なのだから、私がとやかく言うことではないと分かっている。  だけれど彼の場合はたちが悪かった。駅の改札で前が詰まれば早く行けと野次を飛ばす。ファーストフード店で食事を注文する時は、私や年下の人間を代わりに並ばせる。人でごった返した場所やルールの緩い海外の露店なんかでは、どさくさにまぎれて横入りしたりもする。  私はそんな彼の行動がとても嫌だった。  短気で秩序なんか気にしない、自分勝手な性格。きちんと並べば誰にも迷惑がかからないのに、ただそれだけのことができない。  別に、永遠に自分の番が来ないわけでもあるまいし。  ただ待つだけだ。それだけでちゃんと、平和的に自分の目的が達成できるのに。  ……ほら。  五分待った甲斐があった。  目の前の鉄板に、おいしそうなカステラ焼きがコロコロと転がった。 「お待たせしましたー。次の方、何個入りですか?」 「ええと……六個入りを一袋」  店の人にそう答えたところで、不意に背後から声がした。 「あ、すみませーん。もう一袋追加で!」  振り向くと、雑踏の端。  人混みの向こうで、手を振っている安田くんの顔が見えた。  
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