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幸子さんが遠いと言った通り、幻橋庵は辺鄙な場所にある。
駅から離れて住宅地を抜けて、林に囲まれた坂道を登っていく。坂の途中に小さな木製の看板を見つけたら、その奥の横道が幻橋庵の入口。
緑が生い茂る中、階段を坂で挟んだ古い石畳の道を登る。怖がりな人は日中でも通るのを嫌がりそうな道だけれど、ホラー好きな私は大好きだったりする。
登りきった先、小川にかかる朱塗りの橋の向こう。小さな二階建ての日本家屋が見えたら、そこが幻橋庵。
「右門さんもお久しぶりねぇ」
「一年ぶりでしたか。お元気そうで何よりです、幸子さん」
席に着いた幸子さんの前にチーズケーキとコーヒーを置きながら、右門さんがいつもの微笑を浮かべる。
彼は『幻橋庵』のもう一人の店主。
穏やかな目元と微笑みを浮かべた優し気な表情。左門さんとよく似た背格好と端正な顔立ちをしているけれど、まとう雰囲気は左門さんとは正反対だ。
「そういえば、幸子さんはいつ頃からお店に来るようになったんですか?」
ふと気になって尋ねると、チーズケーキを頬張っていた幸子さんは瞳を瞬かせた。
「そうねぇ、小学生くらいだったかしら。アヤカシに教えてもらったのよ」
「えっ、アヤカシに?」
私がアヤカシを見るようになったのは、このお店でバイトを始めてから。けれど、中には生まれつき見える人がいるらしい。
幸子さんもその一人なんだろうか。すごいな、アヤカシが見える日常ってどんな世界なんだろう?
瞳を輝かせ、自然と身を乗り出してしまう。全身から「聞きたい!」って気持ちが滲み出ていたのか、幸子さんは「そんなに面白い話じゃないのよ」と前置きしながらも、アヤカシとの思い出を話してくれた。
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