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幸子さんの生まれた松本家には、他の家にはないことが二つある。
ひとつは、時折アヤカシが見える者が生まれること。
もうひとつは、昔から家に住み着くアヤカシがいるということ。
そのアヤカシは予言めいたことを伝えてきたり、何かと助けてくれたらしい。
いつしか松本家の人々は彼を『密羽様』と呼び、守り神として祀るようになった。
「幸子さんも見えたんですか?密羽様」
「ええ。姿は子供だけれど、髪はお年寄りみたいな白髪でね。カゲロウのような光る羽を持っていて、家の庭を飛んでいるところをよく見かけたわ」
「その密羽様がこのお店を?」
「そう、私達を助けるために……」
事の始まりは、幸子さんのお父さんが畑を広げようとしたことにあるらしい。
人の世にはアヤカシの世との境界が曖昧な場所あるらしく、気付かない内にとあるアヤカシの領地に入ってしまったというのだ。
お父さんに悪気はなかったのだけれど、領地を荒らされたアヤカシは怒り、松本家に害をなそうとした。
その時に松本家を守り、幻橋庵に助けを求めるよう伝えたのが密羽様だという。
「何が起こっているのか見えるのは私だけだったけれど、父は私の必死の訴えに耳を傾けてくれたわ。そして幻橋庵に辿り着いて……先代だったかしら……ここの店主さんに助けを求めたの」
「へぇ…!」
意外な歴史に目を丸くしてしまう。そんな頃からこのお店があったなんて知らなかった。
私がこのお店があることを知ったのだって、バイトを始めた数カ月前なのだから。
「それで、怒ったアヤカシはどうなったんですか?誤解は解けたんですか?」
「ええ、お陰様で。それから時折ここを訪れるようになったの。幻橋庵の方々は私達にとって命の恩人なのよ」
ふと、左門さんが引いていた荷車を思い出す。米袋の隣にあった、段ボールにぎっしりと詰まった野菜達。あれは松本家の感謝の現れなんだろう。
人と幻橋庵との縁をアヤカシである密羽様が繋いだなんて……そんな繋がり方もあるんだ。
「密羽様は今も幸子さんのご実家にいらっしゃるんですか?」
何の気なしに口から出た疑問だったけれど、幸子さんは何故だか寂しそうに目を伏せてしまった。
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