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「昨年夫が入院してね。無事退院はできたのだけれど、私達も年が年だし……もっと街中の、便利な場所に引っ越そうって話になったの」
幸子さんはカップを手に取る。すっかり冷めてしまったコーヒーが頼りなげに揺れた。
「そうしたらもう、ここに来るのは難しくなるわ。助けてくださった密羽様には申し訳ないけれど……」
「……なに、気に病むことはない。アヤカシと人の時の流れは違う。それは密羽も分かっているだろう」
静かに聞いていた左門さんが、労わるように「淹れなおそう」とコーヒーのお代りを淹れに行く。
「いつか密羽様があの橋を渡って、この店に来ることがあるかもしれません。その時に、僕等の方から事情をお話ししましょう」
右門さんの優しい声に、幸子さんはようやく顔を上げた。右門さんが「約束します」と微笑みかけると、瞳の色がようやく和らぐ。
「ありがとう、左門さん、右門さん……どうか、どうかよろしくお願いします」
落ち着いた幸子さんは、それからコーヒーや左門さん達との会話をゆっくり楽しんだ。
そして明日の列車で帰るのだと言い残すと、名残惜しそうに帰って行った。
「……間に合わなんだか……」
見送る左門さんの溜息交じりの呟きが、何故だかずっと耳に残った。
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