いつだって音色は

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 奏者の抱いている善い感情も悪い感情も、音符が弾けた瞬間に伝わってくる。はるかにとってそれはまるで音程を聞き分けるかのようにごく自然なことで、だから音楽室という音色に溢れた特別な空間は、はるかの好奇心を満たすのに好都合でもあった。  常に数多の想いが舞い散っていた。慕情や憧憬、それに嫉妬心までも。  けれどもその音色の中でも一際眩しい輝きを放つのは、部長である高円寺(こうえんじ) 涼太(りょうた)の奏でるフルート。  部員のほとんどは大学受験のため、三年生への進級をもって部活を辞めたというのに、涼太ともう一人の女子生徒だけはアンサンブル部を続けていた。大学入試のための受験勉強を後回しにしてまで演奏の練習に打ち込んでいるのは、秋のコンクールで全国大会出場を狙う強い熱意があるからだ。  淡彩な唇と触れ合ったフルートは涼太の熱を含んだ吐息をふんだんに受け止めて、烈風のような調べを生み出す。まるで恋人に対して情熱の炎を吹きつけるが如く放つ、その熱い紅色の音色。  はるかが教室の対側で練習に打ち込む涼太の姿に目をやると、ちょうとその時、明らかに涼太のものだとわかる、燃えるような紅の音符が視界に紛れ込んできた。  とたん、はるかの胸が高鳴る。  ――どうしよう、触れてしまおうか。  
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