第一章 一冊の本

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 誰もいない車両――そこには僕一人だけ。  コンビニのように監視カメラがあるわけでもない。  そして椅子の下に隠れるように落ちている本――なら、別に、と。  僕はなんの抵抗もなく、椅子の下に落ちていた本を手に取った。  普通、電車の床に落ちている物を拾うなんて信じられない、と思う人はいるだろう。  だって汚いからだ……と。  でもそれは、人が歩いた場所だけの話だ。椅子の下は違う。  電車の椅子の下に足を入れる人なんて、考えればただのなにも考えないヤンキー程度だろう。  でもそれは極々珍しい光景だ。公衆の面前でそんな堂々とした態度で座る奴なんて、僕は今まで見たことが無い。  だから、基本的には電車の椅子の下には埃程度の汚れしかない。  それにこのまま椅子の下に落ちている本を僕が無視して電車から降りれば、電車の中を清掃している人が嫌な思いをするだろう。 『また面倒なものを……』と思って。  故に――僕が取った行動は『リサイクル』という善意だ。善いことをしたのだ。
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