一章 真夏の珍客

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 (9)  帰宅した僕らの目に飛び込んで来たのは、俄かには信じ難い光景だった。 「お、おお……二人とも、遅かったであるな……」  玄関を開けると、丁度中に居たサクラと目が合う。  何だか酷く疲れている様子で目が笑っていない。  ――いや。  それより何より。 「あー……だー!」 「いふぇふぇふぇ……ふぉえ、ふぁふぁ! ひふぉふぁふぉおひっひゃふふぇはい!」 「……」 「……」  僕と日野さんは真顔で互いの顔とサクラの方とを二度見する。 「――で……」 「――お……」  そう。 「でかくなってるーッ?」 「大きくなってる……!」  抱えているサクラの頬を思い切り引っ張ってはしゃいでいる例の赤ん坊だけれど。  誰がどう見ても新生児だった昨日と比べて、明らかに一回り大きくなっていたのである。 「……まあ鵜野森神社に居る事は謂わば霊力の源泉かけ流しの温泉に居る様なものであるからな。こやつが妖である以上は急成長するのも、あながち無理筋ではないのであるが……」 「それにしたって限度があるだろ。もう完全に首が座ってるじゃないか」  赤ん坊はもはや身動きもままならない状態をとうに脱して首が据わっていた。  それどころか仰向けに寝かせておいてもいつのまにかうつ伏せになり、腹這いで興味の沸いたものに対して接近しようと言う素振りを見せるようになっている。  このまま行くと早晩迂闊な場所には寝かせておくこともままならなくなる。 「人間で言ったら個人差も勿論あるけれど、生後三か月を過ぎて四か月ちょっとくらいの状態じゃないかしらね。この子の場合成長速度が普通じゃないから、多分もっと顕著かもしれないわ」  客間で赤ん坊をとりあえずベビーベッド寝かせて話をしている所に、夕食の支度をしている途中の婆ちゃんが顔を出す。 「もう気が付いたら随分大きくなっているから……これじゃ食事の内容も変えないといけないかしら」  常識外れの成長スピードに、我が家の備えが追いつかないぞ。 「……これ、仮に明日生後半年くらいの状態まで一気に行くとしたら、どういう事になるんだろう」 「そうねえ……人間の子供の平均的な目安で言うと……お座りくらいはするかもしれないわね」  まるで想像つかない。  その理屈で考えてしまうと一週間も経たないうちに家中を歩き回る可能性も否定できないのではないだろうか……。 「低い場所に置いてあって口に入れたりしちゃいそうな物だとかは、危ないから今の内に片付けておいて頂戴ね」 「あ、そっか」 「うへぇ、今からであるか」 「仕方ないよ。飲み込んじゃったら大変なんだし」  婆ちゃんの号令一下、僕らは家中を回って片付けをするはめになったのである。
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