一章 真夏の珍客

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一章 真夏の珍客

 (1)  家族会議。  家族会議である。  流石の爺ちゃんも気が気でなかったようで、町会の集まりなどがあると普段は商店街の店主の人達とそのまま一杯やってから帰ってくるのが最早通例となっていたのだけれど今回ばかりは光の速さで帰宅してきたようだ。  居間へ入ってくるとドカッと腰を下ろして腕組みをし、何やらブツブツ言いながら考え事を始めていた。  手持無沙汰なサクラが卓袱台の上の煎餅に手を伸ばそうとしたのを僕が制すると、サクラは「むぅ……」と一瞬唸ったものの爺ちゃんの難しい表情を察して大人しくなった。  台所から日野さんが人数分の麦茶を持ってきてくれて爺ちゃんがそれに手を付けた事でようやく場の空気が緩和される。 「あら、宗一郎さんも今日は早かったのね」  最後に婆ちゃんが居間へ入って来て腰を下ろした。 「こんな時に呑気酒なぞ飲んでおれんだろう」 「ふふ、そうね」 「それで、あの赤ん坊は」 「とりあえず客間に寝かせてありますよ」 「そうか」  爺ちゃんは僕らの方へ視線を移す。 「まず状況を確認しておくが、鳥居の下に置き去りにされていたと言う話で間違いないな?」 「あ、うん。僕と日野さんが帰って来る時、階段途中の鳥居の下に。……丁度去年の台風の日に、弱ってたサクラを見付けた場所」 「その場所には赤子だけか? やむにやまれぬ事情からの事であれば、置き手紙の一つもあって良さそうなものだが」 「いや、そう言うのは何も無かったよ」 「……そうか。しかしこの暑い盛りにとんでもない話だな」  爺ちゃんがそう言うのも当然と言えば当然で、今は真夏も真夏である。  時間的に夕方で鵜野森町が都心と比べれば幾分涼しいとは言え、幼子が放置されていて無事で居たのは奇跡であるように思えた。 「けどそれにしてはあの赤ん坊、特段ぐったりした様子とかも無かったな」  僕らがここへ運んでくる間も穏やかな寝息を立てていた。 「そうね。特別熱もないみたいだし、今もぐっすり寝ているわよ」  ……とは言え、朝霧家として安心ばかりもしていられないのが実情である。 「それで、あの赤ん坊……どうしたらいいんだろう」 「先ずは警察に届ける。親が一時の気の迷いで置き去りにしたにせよ何にせよ、あの子供の保護をするのには役所の力も借りねばならん」  そうだ。  親が現れればいいけれど、現れなければあの子の身分を保証するものが何も無いままになってしまうのである。  身体的な安全のためであればそりゃウチで一時預かるとかって言う話もできなくもないだろうけれど、法的な話は全く別だ。 「それに、実際どのくらいの時間あの場所に放置されていたのかわからないけど、医者にだって診せた方がいいかもしれないしね」 「あーご主人、その点に関してであるが……」  不意にサクラが口を開いた。 「病院に連れて行くのも、お役所に届け出るのもあまりおススメはせんのである」 「……え?」  サクラは何故か婆ちゃんの方をチラリと見、婆ちゃんもまたサクラとアイコンタクトでもしているように静かに頷いた。  僕と日野さん、そして爺ちゃんが怪訝な顔になる中、二人は立ち上がる。 「先程洋子殿とあの赤子を見ていて気付いたのであるが、な」 「ええ。あの子……人間の子供じゃないみたいなのよね」
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