一章 真夏の珍客

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 (3)  七月終盤ともなると日暮れ時のこの時間になってもやはり涼しいとは言えない気温で、国道沿いのコンビニへ着く頃には額にうっすらと汗が出て来るほどである。  それでもヒートアイランドだ何だと言って四十度近い外気温を記録する地域と比べれば遥かに過ごしやすいのだろうけれど。  店の前に自転車を停めてスマホの画面を見ると通知がいくつか入っていて、婆ちゃんから追加の買い物リクエストがあれこれと出されていた。 「……こんなに買い込んだら帰り自転車漕いで坂上がれるのかわからないな」  そもそもこれはコンビニだけでは揃わない気がしてきた。  紙オムツはまあいいとしても……ううむ。  粉ミルクとかコンビニに売ってるの見たことないぞ。 「……この辺でありそうなのは鵜原のショッピングモールのドラッグストアか」  少し距離が延びるけれど致し方ない。  僕はコンビニで買い物を完遂する事を断念し、国道を渡ってショッピングモールへ向かった。  約三十分の後、どうにか一通り頼まれていたものを確保し終えて駐輪場へ戻る。 「……しっかしどうやってこれで自転車漕いだもんかな」  前籠だけではスペースが全然足りない。  何だかサクラが去年我が家に転がり込んで来た時も大荷物で四苦八苦した記憶が……。 「あれ、朝霧君じゃん」  自転車を前に荷物をどう積むか唸っている所で後ろから声がかかった。 「……ああ、御島さんか」 「やほやほ」  Tシャツにホットパンツと言うラフな格好で現れたのは同級生の御島さんである。  ウチの高校の元サッカー部マネージャーで、スポーティな外観も相まって快活な印象の子である。  クラスが違ったため二年生までは接点が無かったのだけれど、春先に起きたある事件をきっかけに交流を持つようになった。  日野さんともよく学校でお喋りしている姿を見掛けたりする。  彼女が住んでいるのはここから程なくの場所であるので当然僕などよりもよく来るだろうから、ここで彼女と遭遇する事は別段不思議な話ではない。  むしろ御島さんからすればこんな場所で僕がベビー用品を大量に買い込んでいる方が余程想像できないだろうし有り得ないであろうと思う。  ことこの状況に於いては僕の方がレアなのである。 「何だかえらい買い込んでるねー。……ってこれ、オムツとか粉ミルクとか、赤ちゃん用品ばっかしじゃん」 「あー、うん。まあ……色々あって」  歯切れの悪い僕の様子に気付いた御島さんが、ニヤリと笑う。 「朝霧君~、さっすがにちょっと気が早いんじゃないの?」 「え」 「日野っちと付き合ってるのはバレバレだけどさぁー、流石にそこらへん買うのは結婚してからっしょ」 「どこをどう解釈したらそういう話になるんだ!」  春先の事件終盤あたりから色々と勘繰られていて事あるごとに茶化されるので中々に困ったものである。 「あっははー、真っ赤でやんの」  御島さんはバシバシと僕の背中を叩く。 「……ちょっと事情があって今ウチで赤ちゃんを一人預かる事になったんだよ。それで婆ちゃんに言われて色々買い出し」 「ほえー、そりゃ大変だね。勉強もあるのに」 「……まあ」 「ま、何かあったら相談くらい乗るから頑張ってよ」 「うん、ありがとう」  御島さんはパタパタと手を振って去って行った。  けれど確かに。  受験勉強も集中して向き合わねばらない時期に今回の件が降って沸いてきたので色々と先行き不安ではある。  どうしたものだろうか、そこらへんも含めてよくよく相談しなければならないのだけれど。 「おっと……もう結構な時間になっちゃってるな……急いで戻らないと」  大荷物を載せハンドルにも買い物袋をひっかけて若干ヨタヨタしつつ、僕は家路に着くことにしたのだった。
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