一章 真夏の珍客

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 (6) 「ミルク、何とか作れたから赤ちゃんは何とかこれで――」  哺乳瓶を持った日野さんが客間へ戻って来て、赤ん坊に顔をぐにぐにいじられている僕と目があった。 「ほふぁえひふぁふぁい」 「……」  何も言わなかったが反対側に顔をそむけて肩が震えている。  笑われているな……。 「とりあえずそれ、飲ませてみようか」 「あ、うん。……温度は下げてきたから、大丈夫だと思う」  日野さんが哺乳瓶をおそるおそる赤ん坊の前にちらつかせてみる。 「アー……」  視線が動いているからやはり多少なりとも物は見えていると思っていいだろう。  やがて赤ん坊は哺乳瓶に口をつけ、少しずつミルクを飲み始めた。 「おお……」 「……飲んでるね」  僕らは顔を見合わせてホッと一息をつく。  これで拒否されたら正直どうしようと不安だったのだが、杞憂で助かった。 「とりあえず人と同じものは口にできるって言う事でいいのかな」  妖だとは言われても出自も何もわからない以上とりあえず見た目通りの人間の子供として対応してみるほかなかったので不安はあったけれど、とりあえずその選択は的外れと言うわけではなさそうではある。 「この子、結局何者なんだろうね」 「置き去りにした人だか妖だかが何か手がかりでも残しておいてくれたら良かったんだけど」  置手紙も何もない。  この子に関する情報は、現状何も無いのである。 「明日からはサクラに手伝って貰って、そっちの方も考えなきゃだめだね」 「うん」  妖である以上警察に届けたって進展するワケもない。  僕らでこの子のこの先を――せめてその存在を安定して保てる環境を確保してあげないとならないのだ。  僕らが考え事をしている間にも、赤ん坊は哺乳瓶の中身を綺麗に飲み干してしまった。  心なしか表情もご満悦のようである。 「……じゃあ、とりあえずベッドに戻そうか」 「うん。……あ、ちょっと待って」  日野さんは婆ちゃんのメモ紙を再び手にとる。 「えっと、このあたり……かな?」  抱えている僕の横から赤ん坊の背中をしばらくトントンとやっていると、 「――けぷ」  赤ん坊が小さくゲップをする。  それが何だか妙に可愛くて、僕らは同時に吹き出してしまった。 「じゃあ今度こそ――」  僕がそう言って赤ん坊をベッドに戻そうとした瞬間、またちょっと泣きそうな顔で頬を掴まれてしまう。 「ええ……」  仕方なく元の体制に戻すとまた笑って僕の頬をべちべち叩き始め、ベッドに戻そうとすると頬を掴む。 「どうしたらいいんだ」  眉間に皺を寄せた僕に、日野さんは少し考えてから首を振って言った。 「……頑張って」 「オウ……マジデスカ」  結局この子が再び寝息を立て始めるまで小一時間、僕はべしべしと頬を叩かれ続ける事になったのである。
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