一章 真夏の珍客

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 (7) 「ぶはは、朝っぱらからひっどいツラであるな二人とも」  翌朝。  僕の居ない部屋でベッドを占拠しグッスリ眠って降りて来たサクラは、洗面所で僕らと目が合うなり腹を抱えて笑い出した。 「笑い事じゃないよまったく。……こっちが眠りについた頃にまた起き出して人の顔をべしべし飽きるまでいじってくれちゃってさ……その繰り返しで全然寝た気にならないよ……ふぁ……」 「流石に私も眠い」  結局あの後夜泣きは一回で終わらず二度三度とぐずってはその度に僕らは起き出していたのだ。  眠くない理由が無い。 「赤子と言うのはそういうものである。お主らも同じ頃は親に同じ思いをさせておったのであるから、そこは割り切るほかあるまいて」  そう言って僕らの肩をバシバシと叩いて笑いながら出て行った。  ……くそう、サクラのやつ他人事みたいに楽しんでるな。  朝食を済ませ赤ん坊の様子を見に行くと、昨晩幾度となく起き出しては僕の顔で散々遊び倒していた反動か知らないけど、すやすやと穏やかな寝息を立てていた。 「あの暴れっぷりが嘘みたいだ」 「……」  赤ん坊のほっぺをツンツンしている僕の横で、日野さんは何だか首を傾げては近くで見たり少し離れて見たりしている。 「どうかしたの?」 「……何か、昨日よりちょっと背が伸びてる気がする」  ……いやいやいや。 「流石に成長を実感するには早すぎるでしょ」  一日で見た目にわかるほど成長するとか無理筋というものだ。 「うーん……」  それでも色んな角度から見直したりしては首を捻っている。 「可愛いから贔屓目になるのはわかるけどさ。ほら、そろそろ行かないと」 「あ、うん」  いつまでも見ているわけにも行かない。  突飛な出来事が我が家に訪れようと、学校は普通にあるのだから。  僕らは居間でゴロゴロしているサクラに声をかける。 「じゃあサクラ、あとは頼む」 「む? 何がであるか? 私はこれから楽しみにしている朝ドラの時間なのであるが」  朝からのんびりテレビにご執心の様子である。  ウチに来てからすっかり俗世にまみれたな……。 「いや、何がじゃなくて。あの子の事だよ」 「……は?」 「爺ちゃんも婆ちゃんも神社の仕事やら家事やらあるんだ、サクラしか居ないだろ」 「いやいや、私は赤子の面倒など見た事はないであるぞ」  サクラの顔色が見る見るうちに変わって行く。  どうやらこの展開を全く予想していなかったらしい。 「わからない事は洋子さんが教えてくれるから、お願いねサクラ」 「ちょっと待つのである二人とも……」 「じゃ、行ってきます」 「なるべく早く帰ってくるから」  僕らはサクラの反論を待たずに居間を出る。 「は、薄情者ーッ!」  サクラの叫びが、玄関を出ても聞こえて来た。
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