第1章

1/2
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

第1章

「妖怪かたたたき」 青野ミドロ 日本には古来から、妖怪かたたたきと呼ばれる物の怪がおったそうだ。 その妖怪は肩の凝った人間に対しどこからともなく現れ、「たたかせてくれ、たたかせてくれ」と呻きながら寄ってきて、人間がその欲求通りに肩を叩かせてやると、満足してどこかへ消えてしまうのだった。 妖怪かたたたきと人間の関係は古来から明治まで末永く続いていた。なにしろ肩の凝った老人や中年に、子供に代わってその妖怪が肩たたきを請け負うのである。まさしく人間に益をもたらす善なる妖怪といえた。その風貌は泥色のイエティといった姿だったが、世話になっている大人がこの妖怪の説明をすることで、子供も脅えずに慣れ親しんでいたという。 しかし明治の終わり頃、日清戦争を皮切りに戦時状態が続くようになると、その関係が一変した。 徴兵されていく息子たちを見て、大人は「息子の代わりに肩を叩いてもらうことは、息子を忘れることと同義だ」と言って妖怪の肩たたきを拒否するようになったのである。また戦時中に流布された大和魂は根性論が根強く、その中には「むやみに妖怪と仲良くするなかれ」といった文言が盛り込まれていたので、人々は次第に妖怪かたたたきの要求を退けるようになった。 関係が一変して二十年が経った頃だろうか、「たたかせてくれ、たたかせてくれ」そう訴える妖怪のストレスが爆発し、関東の中心部でこぞって集まった五百もの数の妖怪かたたたきが、一斉に地面を叩いた。 これがとてつもない地震を発生させて、関東一円に大被害を与えた。これが世に言う関東大震災である。 このまま妖怪を日本に放置しておけないと対策を練った政府は、妖怪かたたたきを強制召集することにした。 妖怪の潜みそうな場所に、赤色の紙をぶらさげておく。そこから離れたところで待っていると、妖怪かたたたきが現れ、好物の肉と勘違いして寄ってくる習性があった。そこを捕まえて、檻の中にいれた。 ちなみに市民が徴兵される際に送られてきた「赤紙」の赤の由来はここからきている。 こうして召集した妖怪を、船に乗せて南下し、南極大陸まで運んで置いてきたという。 その後政府は箝口令を敷き、大正以降に妖怪かたたたきについてはその存在すら口外してはならぬと決定が下った。妖怪かたたたきを語った本や書類は焚書され、昭和の時代を迎えるころには人々の記憶からもすっかり消えてしまったという。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!