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君の横顔
なだらかな斜面。低い丘。
緩やかに吹く風が、一面の草原に波を走らせ、花々がそよぐ。
広げたシートに君は座り、お弁当を詰めたバスケットを置いた。
君の長い黒髪も風に踊る。
僕たちの周りを二人の幼い娘たちが駆け回る。
青い空には綿のような白い雲が流れている。
「ねえ、幸せね」
君は少し照れた顔をして、僕の手を握った。
そんな君を抱き寄せ、そして空を見上げた。
さて、妄想終わり。
人口冬眠カプセルの透明なハッチが少しだけ息で曇っている。
横たわった状態の、僕の右手に四角いタブレットが握られていた。
それを口に含む。タブレットは僕の胃と腸を洗浄し、少しのカロリーを与え、次の三か月の冬眠を促す。
恒星間航行の宇宙船の中。
人口冬眠が主観的時間で3か月に一度、50分だけ解除される。
身体の代謝機能をチェックするためだ。
複数の乗員が同時に解除されることはなく、必ず一人一人が別の時間に目覚めるようにプログラミングされている。
説明では、話をすることにより、次の冬眠に入りたくなくなるのを防ぐためだという。
透明なハッチは有機システムのモニターにもなっていて、客観的時間、つまり地球の経過時間12年、そしてこの船内の主観的時間6年、人口冬眠の時間を差っ引いた、僕の肉体が経過した時間が20時間と、それぞれ映し出されていた。
亜光速で航行する宇宙船の中では、時間経過が遅くなるので、おおまかな差を把握するために表示されるのだ。
右横を見ると、薄暗い船内の照明のもと、美しい横顔の女性が入ったカプセルが見える。
気のせいか、その顔が少しだけこちらに向いているような気がした。
さきほどの妄想の中の「君」は、この女性だ。人口冬眠の間は、脳細胞の働きも止まるので夢を見ることもない。せめて目覚めている間だけでも、こんな妄想するくらい許されてもいいだろう。
僕は次の冬眠に入る、薄れてゆく意識の中で、少しだけ頭を右に向け、彼女の顔を見ていた。
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