河川敷にて

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俺はホームセンターのバーゲンで売ってるような、安物の椅子に腰掛けて絵を描いていた。お客さんが時々冷やかしで、何枚か絵を見ていくものの、値段を聞かれるのはたまで、値段をいうとみな、首をかしげたり「えっ」と驚いたりして逃げるように去っていくのだ。 この河川敷のフリーマーケットには初めてきた。裕福な人が住む地域のフリマだから、もしかしたら売れるかもしれないと期待していたが、まあ知らないおっさんの下手くそな絵なぞ、俺の希望の価格で売れるわけもなく、時々交わされる値下げ交渉なんていうのも面倒なので、気難しい顔して忙しく絵筆を動かしていたのだ。そうするとお客さんの方も気を使ってくれるみたいで、声をかけられることが少なくなる。 だからといって河川敷で河原なり、橋なりを見て描いているかというとそうでもない。俺は病気で目が悪く、ものがあんまりはっきりとは見えないのだ。だから俺は写生なんぞしたことがない。大体はタブレットなりスマホにを覗き込んで、何か良さそうな題材や、季節の花を探して描いている。 要するに客の相手は嫌なのだけれど、でもまあフリマにきた以上店番しなければならんので、絵を描きつつ暇を潰し、俺の理想の客が来るのを待っていたんだ。 嫁に店番を頼んだのだが、あっさりきっぱり断られた。 「あんたが勝手に絵を描いて、フリマで売ってるんやんか。バイト代もないのに何で手伝わなあかんねん。アホか。接客しやんと絵は売れんやろ。嫌とかそんなんないで」 そう、嫁の言う通りなのだが、どうも人見知りがはげしく、知らない人とできるだけ喋りたくないのだ。それでも時々、本当にごく稀に売れそうになることがある。 「可愛い絵ですね」 俺はキャンバスから目を離さずお客さんに対して横を向いたまま返事をした。 「ありがとう…」 「今も何か描いていらっしゃるんですか」 しつこいな。用が無いならさっさと通り過ぎたらいいのに。 「ええ、少し…」 「あの橋を描いていらっしゃるんですか」 あんな遠くの橋なんて見えるわけないだろう。違うよ。違うもの描いてるんだよ。
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