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正座するように顎でしゃくられ、説教に突入する。
「この挨拶回りはね、浅野の経営状態や、立派な後継者がいるって事を知らしめるのに大事な機会なんだよ。これで相手も安心して翌年の取引に繋げられる。老いぼれが一人でしゃしゃり出てどうするもんかね」
こんな元気な老いぼれなんかいるもんか。
俺は内心で毒づいた。そうだ、この婆さまは妖怪だ。
隠居をほのめかしながら衰えを知らず、むしろ俺が手伝うようになってよりやる気が満ちている。才覚があるのは結構だが、俺がいるから安心だとかなんだとか言って、ここ数年でさらに事業を拡大しやがった。
正直、俺は大学で遊んだ記憶が一切ない。増えていく知人はお偉いどころのオッサンばかりだ。可愛がってもらえるのは有り難いが、正直、ゴルフも料亭も飽き飽きだ。
委員長に誘われた冬休みの旅行は、俺にとって唯一の我儘だった。
委員長の性格と、うんざりするような仕事量に邪魔されてじっくり話もできず、俺は未だに委員長を数えるほどしか洸と呼んでいない。
「どうせ、あの家庭教師に誘われたんだろう」
ぼんやり聞き流していたら、婆さまはいきなり核心をつき、皮肉気に口角をあげた。あてこするように大きなため息をつく。
「まったく困ったもんだ。私は男なんぞ認めないよ。そのうちみっくんには、浅野にふさわしい嫁を探してやるから」
「余計なお世話だよ!」
俺はさすがにねちねち続く小言にうんざりして立ち上がった。そのまま部屋を出ていこうとすると、反抗された事に納得できない婆さまの声がすかさず追いかけてきた。
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