1話目  通りすがりの。

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涼太は譲らない。 「だっていつもシングルで狭い思いしてるじゃん。今までは仕方ないさ。けど、今度はせっかく二人の新居なわけだから、窮屈な思いなんかしたくないよ」 「窮屈って」  和真が軽く咳払いして自粛を促す。だが、涼太は全くそういう事には頓着しないタイプのようだ。頑固そうに腕組みをしてみせる。  だが、俺もその気持ちはよくわかる。  智と暮らすことを決めた時、まったく関心のない智の分までどれほど俺が心を砕いて家具を揃えたか。恋人同志においてベットの選択は実に重要だ。  涼太は正しい。  俺だって智とするあれこれを考慮してベットの面積とスプリングは選び抜いた。  しかし、和真は渋い顔だ。 「けど……新しく事務所を構えるだけでも結構な冒険なのに、あんまり費用をかけないほうがいいよ。俺は別に今あるものでいい。ばあちゃんの家、古いけど綺麗に使ってたから、ちょっと手を加えるだけで使えるし、それに今までの涼太のやり方をみる限りでは、ほとんどの商談はこっちから出向いてるわけで、事務所なんか形ばかりのものだろ。起業するからって改めて事務所まで設置する必要があったかどうか」 「確かにネットがあればほとんどのやり取りはどうにかなるよ。でもさ、社長が住所不定だったり、ネットのアドレスでしか捕まらないって言うんじゃ相手だって不安がるだろ。やっぱちゃんと事務所を構えてれば社会的信頼が違うって。ただ、事務所兼住居なんだから、ぜったい居心地いいほうがいいよ。結局、その方が効率いいし」  そうそう。まったくその通りだ。  俺はさらに涼太の意見に賛同する。  不思議な男だった。見た目と中身にすごくギャップがありそうな気がする。なんだろう、ふわふわした雰囲気とは裏腹に、その芯に強靭な意思や知性を感じるのだ。これはなかなか和真の方だけでなく、涼太の方も一癖ある人物かもしれない。  一方通行の会話に、和真が溜息をついた。
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