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3話目 歌う声の。
和真は時々、歌を歌う。
たぶん、本人は無意識なんだと思う。長い付き合いだけど、学生時代、学校でも登下校でも聞いたことはなかった。歌は家事や雑用を家の中でこなしているときだけの限定だ。
俺はベッドの中でそれを聞くのが好きで、目覚めているのにわざとまどろみの中にとどまっている。
和真の歌う歌は、流行歌よりはずっと昔の、そう、俺たちがまだ小学生だった頃のものが多い。
テレビで見るだけだった当時の流行り歌は、耳に残ってるだけで俺はサビしか歌えない。だけど、几帳面な和真は、初めから終わりまできちんと歌う。
ふと気づくと、懐かしい歌がゆるやかに流れていた。
一緒に朝を迎えるようになってすぐの頃、我慢できなくて、のそのそと起き出していって台所で朝ごはんの支度をしている和真に、おはようを言いに行った。
スープ鍋からの湯気と、真っ白な朝の日差しの中で料理をしている和真は、一つ一つの動作に熟練していた。
小学生の時に母親が失踪して以来、父親もほとんど家によりつかず、頼みの祖母も高校時代には病院に入ってる。思えば和真の一人暮らしは長い。そのせいか料理をする動作は、まるで映画の一コマみたいに無駄がなく綺麗だった。
歌、好きなの?
と、聞いたら、和真はまるで咎められたように歌うのを止めてしまった。
なんで?歌ってよ
と、言ったら余計に口をつぐんでしまったので、俺はそれ以来、和真が歌っても、気付かないふりをすることに決めた。
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