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5話目 旅先での。
「はあ……なるほどねぇ……」
じいっと顔を見られるのには慣れているけど、それにしてもまじまじと、その視線には遠慮がなかった。
「和真、きれいだろ」
隣りでみかんを食べながら、涼太が微笑む。まさか婆さままで見惚れるとはね。口の中で面白そうにつぶやいて、俺に目配せしてくる。
だけど俺は、名家である浅野家のスケールに気圧されて、緊張したままだった。
年明け早々、婆さまは家の中の段差につまづいて足首を軽く捻挫した。退屈だから見舞いに来いというので呼ばれたが、二人で、と念を押したところをみると、おそらくかねてから大事な孫である涼太の相手を確かめてみたかったんだと思う。
屋敷につくと、客間では大袈裟になるからと言って婆さまの私室に通された。
それでも年季のはいった和室は只ならぬ重厚感がある。磨き抜かれて黒光りした太い柱や、床の間に活けられた季節の花、古伊万里の花器も掛け軸も一流の美術品だった。品のいいお香の匂いがする。
部屋の主である婆さまは小柄な見た目ながら権力者特有の威圧感があって、初めての俺は全く慣れず、身の置きどころもなかった。
短い自己紹介すら、たどたどしくなる。
「あの、浅野さん、そういう訳で俺、涼太と……涼太さんとは、一緒に暮らしています」
「ああ、好きにしたらいいよ、もうこの子は自由なんだから」
神妙に挨拶した俺に、婆さまは即座に言った。
あっさりした言い草とは対照的に、視線はみっちりと俺を捉えたままだ。
顔を盗み見される事はよくあるけど、ここまで露骨な凝視は滅多にない。気恥ずかしさとは裏腹に、あまりにその目線が正直で嫌悪感はなかった。まるで珍しい古伊万里を眺める少女みたいな眼差しだったからかもしれない。
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