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「大丈夫、大丈夫だから。私を、信用してよ」
ふわりと甘い匂いが俺を包み込んだ。いや、フレイアが俺を抱きしめたのだ。額に当たる柔らかな感触は、男性としての欲求よりも心地よさや安心感の方が勝っていた。
彼女の背中に手を回して少しだけ力を込めた。それでも彼女は受け入れてくれて、俺たちは馬車を降りるまで身を寄せ合っていた。二人の間に会話はなく、ガタガタという音だけが耳に痛かった。
馬車が止まり、俺たちは必然的に降りるしかなくなってしまった。が、この馬車が走り続けていたら一生降りなかったかもしれない。
今気づいたのだが、フレイアも俺も鎧を着ている。つまり前回メイクールで死んだ時のままだ。ポケットの中にはスマフォとライセンスとリップクリームと家の鍵。ポケットの中の物だけが継続して持ち越しされる。こちら側からは服も持ち越したというのに。
いや、これを考えるのは後にしよう。今はこの先に待ち受ける死を回避する方が先決だろう。
太陽光が降り注ぐ。立っているだけで汗が出てくるほどではないにしろ、暑いのは間違いない。
「フレイア」
「ん? どうかした?」
メイクールの入り口、大きな門を見上げた。前回の出来事を思い出すと、町をぐるりと覆う壁が凶悪な檻に見えてきた。強固な、ではない。人を逃がさないようにするための凶悪な檻だ。
「俺はな、何度も何度も、死にたくて死んでるわけじゃねーんだ」
「わかってるわ」
「繰り返したくて繰り返してるわけじゃねーんだ」
「それもわかってる」
「ただ、チャンスを貰えるのはありがたいとは思ってる。でも、できるだけ死なずになんとかしたい」
「うん、それは私も同じ」
「だから慎重にいこう。目の前でたくさんの人間が死ぬところなんて見たくない。お前が死ぬ姿も、双葉が死ぬ姿も」
「私も、アナタが死ぬ姿を何度も見たいだなんて思ってないわ」
「力を、貸してくれるか」
「なにか考えがあるのね? いいわ、任せて」
できればメイクールの中には入りたくない。でも周りは迷いの森で囲まれている。それなら取れる道は一つしかないだろう。
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