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下駄箱の中に、珍しくメモが置いてあった。
「鶫橋で待ってる」
鶫橋は学校と住宅街を結ぶ唯一の橋で、通学路である。縹はなだ川の土手沿いの細く舗装された道路は半分がランニングコースになっていて、とても自動車が入れるほどの幅はない。いつも朝っぱらからウォーキングしている高齢者の横を、何台もの自転車が忙しく通過していく。俺もその内のひとりである。
鶫橋は近所では有名な告白スポットでもある。橋のど真ん中にちょっとしたでっぱりがあって、そこにちょうど二人で座れる木目のベンチが置いてある。そこから二人で夕日を眺め、水面に映るオレンジが綺麗な真ん丸であるほど告白が成功する確率が上がるという伝説がある。そのため、風のない日には複数のハナ高生が告白の待ち合わせと順番待ちをすることもある。
そしてそこで待ってるということは即ち、告白。”鶫橋で待ってる”はハナ高生の中ではよく知られた告白前の言葉である。
その日はそわそわして授業に集中するどころではなかった。一体誰なのか、かわいいのか、それともいたずらなのか、気になって仕方がなかった。
授業が終わると急いで自転車置き場まで早歩きで行き、髪型が崩れないギリギリの速度で漕ぎ出した。
下校時間ということもあり、橋にはすでに多くの学生がいた。しかしベンチは空席で、風もそんなに強くない。間違いなく、今日俺は告白される。
と、待ちわびてはいたがなかなかその人は現れない。怖気づいてしまっただろうか。
時刻は5時半を少し過ぎたあたり。まだまだ待てる。しかし肝心なのは夕日である。もうすでに綺麗なオレンジ色の丸が水面に浮かんでいる。6時頃には日没を迎えるだろう。そうなると、成功率は伝説上では低くなってしまう。ということは、またタイミングを合わせるために今日はもう来ないかもしれない。
俺は学ランのポケットからあのメモを取り出して見直した。
その日は結局、7時半まで待ってみたが、辺りが暗くなるばかりで誰も現れなかった。
心の準備はできていたのに。
まだ夜の春風は冷たかった。
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