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まったく、染みついた昼の顔を落とすことがこんなにも大変だとは思わなかった。
6年弱の猫被りは中々の強度となっていることを痛感せざるを得ない。
「大丈夫?」
「……まぁ、大学じゃこれが普通になるんだし、丁度いい慣らしだと思っておく」
「確かに。でも律ってコロッと態度変えられそうだけど、意外と繊細なんだね」
「ユキちゃん、今度じっくり話し合おうか」
「やべ、説教されるっ」
軽口をたたきあい、笑いながら歩いていく。
寮の中でも、寮を出て学園へと向かっている今も、すれ違った生徒は皆動きを止めて律を凝視してきた。
気崩した制服にアクセサリー、軽く横に流された前髪と昨日までの『綾城先輩』とはまるで別人の姿をしている律に誰もが言葉をなくしている。
しかも少し前に変装を解いて、学園の不良生徒から一目置かれている幸也と気軽に話し笑っている表情には、今までの律ではあり得ない雰囲気があり、とりわけ律を慕っていた和雅の親衛隊員達は一様に呆然とした顔をしていた。
それはそれはちょっかいをかけたくなる面白さだったが、今律が半端に構ってしまえば更にパニックになる可能性が高い。
和雅と繋がりがあると知られた以上もう関わりを持つべきではないだろうと思い、律は泣きそうな顔で見てくる隊員達には一切目もくれずに足を進めた。
「視線が痛い……」
「え、ユキが?」
「えー気づいてないの?すごいよコレ。律ってどんだけ慕われてたの」
「嘘の俺を慕ってもねぇ」
眉を顰める幸也を笑って流し、昇降口に入っていく。
靴箱から上履きを取り出し履き替えたところで、奇声と共に律の視界がフッと暗くなった。
一拍置いてから律が顔を上げる。
「……おはよう」
「随分崩してきたな。その方が律って感じだけど」
周りの騒がしさなどお構いなしに、和雅が至近距離から律を覗き込んできた。
いつも以上の近さに律が身構えると、ニヤリと笑って和雅の手が律の腰に回される。
途端にあちこちから悲鳴が上がった。
「……面白がってるだろ」
「やーっと学園でも気兼ねなく律と話せるのを満喫してるだけ……あぁ、匂いも。俺の律が帰ってきたな」
「だからお前のじゃない」
耳元に顔を近づけてくる和雅を律は溜息一つで受け流す。
ここぞとばかりに隊員達への鬱憤を晴らしている和雅だが、同時に律との仲を周りへ大々的にアピールもしているようだ。
確かにあれこれ質問攻めにされるよりも一発で理解させられる方法かもしれない。
少しの間好きにさせておこうと律が身体の力を抜いたタイミングで、後ろからスルリと頬を撫でられた。
「朝から見せつけてんなぁ」
顎を逸らした律が見上げた先には呆れたような表情の誠也が立っていた。
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