~言祝ぎ

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A子「…ふきのとう……」  多めに吐かれた息が(しら)んだ。日の出を待ちわびる冬の朝の空気は鋭く、特に静謐(せいひつ)な感じがする。 三が日を過ぎ、人の気配のしない林はどこか幻想的だ。 A子「……また1つ、遠くへ来てしまったよ。」 ひとりごちる。 A子「うまく煮ると口の中でほぐれるって言ってたっけ、初めて見たな。」  今だけ美味しい、食べ過ぎるとお腹を壊す、そんな関係のない情報がいらない想起を呼んでくる。(よぎ)る笑顔がやかましい。  膝をつきファインダーをのぞく。ジジジと夏の虫が潜むような音を立てて、輪郭がはっきりしていく。 A子「煩悩、ぅ………ん……(はら)え!」  数瞬 遅れてシャッターを切る。切る。切る。――それから、3秒ほどして息を吐いた。  私は奪った市販のマフラーに口をつけ、やわく咬んだ。  始業式の帰りに受け取った写真は、2枚目でしずくがちょうど落ちる瞬間を捉えていた。
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