異常な街

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『肉じゃがですか 私大好物なんです!』 先に食卓に着いていた音無ちゃんが、玄関から戻ってきた僕にホワイトボードを見せながら大興奮している。 「とりあえず、人に料理を振る舞うときは肉じゃがからと決めていてね。 音無ちゃんが喜んでくれて良かったよ」 僕は向かい合うように椅子に座ると、音無ちゃんがホワイトボードに何かを書き込みはじめた。 ……そういえば、寝間着に着替えてしまっているが、肉じゃがの汁が跳ねたりしても大丈夫なのだろうか。 いや、その時はこっちで洗えばいいか。 『すっごく嬉しいです!もう食べても良いですか?』 「うん、良いよ。あまり汁をこぼさないようにね。服に掛かったら危ないからね」 僕の忠言に頷いて返すと、音無ちゃんが"頂きます"と、手を合わせて聞こえない声で言った。僕も手を合わせると、彼女と同じように食事に箸を向けた。 ……うん、何時ものような味だ。 食べながらちらりと前を向けば、音無ちゃんが嬉しそうに肉じゃがを頬張っているのが見えた。とはいえ食べ方が汚ならしい訳ではなく、むしろ言い付け通り汁をこぼさないよう丁寧に食べている。音を立てていないのは……能力のせいもあるのだろうか。 少なくとも親からちゃんとしつけられているのだろう。あれだけ幸せそうに食べてくれれば、此方も作った甲斐があるというものだ。 「おかわりがあるから言ってね。手を挙げてくれたらこっちでよそったげるから」 音無ちゃんはそれに頷く。食事中にまでホワイトボードを使って会話をする気は無いらしい。 もしかしたら、食事中はそんなに話すなと教わっているのかも知れないな。僕は彼女と同じように口をつぐむと、汁を吸って茶色くなったじゃがいもに箸を伸ばした。 暫くの間、一人分の静かな食事音だけが新築マンションの一室に響いていた。
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