異常な街

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あ、といったような顔で音無ちゃんが食器洗い中の僕を見た。その反応に、僕が一瞬しどろもどろになる。 どうしたのだろうか、僕の髪の毛に泡でも着いているのだろうか。 彼女がホワイトボードにマジックペンを走らせる。 『そういえば やまなしさんの欠点は なんですか?』 それは少しの罪悪感と、多大な好奇心からの質問だった。僕はその文字を読むと、少し深呼吸してから何時の間にか止まっていた手を動かした。 「……僕にその質問をしたのは、君で二人目だよ」 二人目?という風に音無ちゃんが小首を傾げた。 「別に深い意味はないんだ。単純に、僕のことを欠点持ちだと言った人間が、君で二人目だというだけだから。 いや、正確には違う。君は、僕がここに来ている事から逆説的に欠点持ちだと思っているだけで、確信を持っているわけではないから」 何故か、言い訳みたいな台詞が口を突いた。 食器を洗う水の音がやけに大きく聞こえる。違う、僕の声が段々小さくなってるんだ。 理由は簡単。 言いたくないから、伝えたくないから。 音無ちゃんは教えてくれたのに、僕は教えたくないから。 迷ってる、言うべきことなのに。どうせ直ぐに気づかれる。長く一緒に生活していれば、自ずと気づかれるような欠点なのだ。 ……。 長く、一緒に居れば。 ……。 音無ちゃんが音も立てずに扉を閉めて出ていくと、部屋は途端に先程とは違う静けさが襲った。 音無ちゃんが居ても居なくとも、実際の静けさは全く変わらない。これは、僕の精神的な理由によって来る静けさだ。 「……。」 ただ黙って壁を見つめる。その壁の先は701号室、音無ちゃんの部屋に続いている。今頃、彼女は部屋に入って、ベッドに潜ろうとしているのだろう。 伝えては、いけなかったのかもしれない。 伝えた方が、良いのかもしれない。 たらればが頭のなかで渦巻く。家族とすら殆ど話さなかった少なすぎる対人スキルのせいで、こういう時にどうすればよかったのか分からない。 ああすればよかったようにも思う、こうしとけば後々良い方向に行く気もする。けれど、これはきっと答えが延々と出ない命題だ。 だから、僕はいつものように忘れることにした。 「おやすみなさい」 全てのことは明日に投げる。過去はなるだけ捨てる。僕は……今までそうして生きてきたから。
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