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「(…今、撮られたか?)」
音からして何かを撮ったに違いないが、もし自分が撮られてしまったなら非常に困る。
仮病の風邪で家から出られない事にするつもりなのに、揚々と帰ろうとしている証拠写真なんてたまったもんじゃない。
レンズの向きを変える時すら顔からカメラを外そうとしないその人に近付く。知らない人に話しかけるのはクラスの一軍様に提出物の回収を促す程度の勇気が必要だが、今日はもう帰る事に決めたのでなけなしの勇気を振り絞ろう。
「あの。今、撮りましたか?」
薄く積もった雪の上をさくりさくりと進む。
声をかけた事でようやく腕を下ろしたその人は、月よりも丸い眼鏡をしていた。雪のせいで、丸眼鏡の向こうの表情がうまく読み取れない。それとも単に無表情なのだろうか。
その人は話し掛けられた事に驚いたのか、カメラを胸に抱えたままで数瞬間を空け、そうして漸く淡々とした返答を寄越した。
「えぇ。きっと綺麗に撮れました。」
気まぐれに顔を見せた太陽の日差しがネイビーのコートを明るく染める。白いマフラーが反射板のように輝き、色白の顔を浮かび上がらせる。
やっと拝んだ眼鏡の向こう側が柔らかく曲線を描くまでの過程が、コマ送りのようにスローモーションで流れていった。
小さく小さく綻ぶ口元。
寒さで仄かに赤みを帯びた頬や鼻先は季節外れの桜のようで。
「…それは良かったです。ところで、よろしければお知り合いになりたいのですが――。」
たった一言、もしかしたら自分が写ってしまっただろう写真を消してほしいと告げるだけのつもりだったのに。脇目も振らずに帰ってアニメの続きを観るつもりだったのに。
それよりもっと気になる事が出来てしまって、小さな吐息を零すその人に手を差し伸べた。
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