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「だったら、なぜ満月の夜あの湖を訪れ続けたの? 私はあなたを殺すかもしれなかったのに」 「さあな。だがこれだけは分かる」  彼はしゃがみ込んで、私の顔を近い距離から見つめた。その瞳の奥に優しい色が見えた気がして、私は目を細める。  そんな目で、私を見ないで。私は彼を睨みつけた。もう私たちは、以前のような関係ではないのだ。 「君は、俺を殺さなかった。殺そうともしなかった。それが全てだ」  私は何も言えなかった。だから、彼のことを鼻で笑って、そして視線を外した。 「だからあなたは甘いのよ。私は――あなたのことなんて、なんとも思ってなかったわ。それこそ、殺そうなんて思わないくらいに」 「そうか」 「あなたが王子だとか、敵将だとか、関係なかったわ。警戒心なんてどこかに置き忘れてきたような顔しちゃって。そんな相手、殺す気も起きないわよ」 「ああ、そうだな」 「私はあなたに会いに湖に行っていたわけじゃないわ。大嫌いな月を眺めに行っただけ。――そうしている時だけは、私は『私』だったの」 「――俺もだ。君と話していると、身分も立場も、全て忘れられた。君と話している時の俺は、ありのままの『俺』だった」 「っ……」  不意にかけられた優しい声音。  私は慌ててあまり動かせない体を鉄格子から遠ざけた。  やめて。これ以上私を懐柔しないで。気付きたくない、嫌だ、気付きたくないんだ。  彼の傍にいられるのではないか、だなどという甘い考えが頭を過ぎるような自分なんて、自分じゃない。 「だから、君は『民間人』なんだ。そうすれば――殺さずに済む」 「何を……何を言っているの。そんなの無理に決まってるわ。私は、顔が割れている」 「俺が何とかする」 「無理よ。甘すぎるわ、あなたは」
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