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そう、無理だ。もう私は生きて帰ることはできない。
彼が庇っても、誰かが気付く。そして私は処刑され、庇った彼は仲間から非難を受けるだろう。
そうでなくても、もう覚悟は決まっている。――私は多くを殺めすぎた。これ以上、生きている資格はない。
もともと忌み嫌われ捨てられた命だ。いつ消えようとも構わなかったのだ。
私は、縛られたままの手を、そっと太腿に沿わせた。そしてゆっくりとスカートをたくし上げる。指先に触れた固いものを握り込み、手首を縛るロープを悟られないようにそっと切り離した。身を検めた時にこういうところまできちんと確認できないところが、甘いって言うのよ。
私は笑う。妖艶に。そして、心の赴くままに。
頬を何かが滑って落ちていく。
心の中に昏い喜びが広がっていくのを私は感じていた。黒く染まった、歪んだ感情。
だって、私は歪んでいる。愛情なんて要らないと思うのと同じくらい、誰かに愛されたいとずっと望んでいた。そしてその愛されたいという望みは最悪の形で叶えられてしまったのだ。私の行き場のない想いは、黒く黒く歪んだ形で彼へと向かう。
「ねぇ、私の名前ってね、『月』という意味があるのよ」
「……ああ、知っている。君の国の言葉と俺の国の言葉は、多少の違いはあれどほとんど同じだからな」
「ええ。――『月が、綺麗ですね』」
「……え?」
「じゃあ、『月が綺麗ですね』って、私の国ではこんな意味があることを知っている?」
私は立ち上がった。手首から切れた縄が解けて落ちる。彼は驚いたように私を見て、そして私が手に持っているものに気付くと慌てて鉄格子の間から手を伸ばしてきた。
私は、その手を避ける。そして、細い窓から見える空を見上げた。
彼と私とを繋いだ赤い月。どうか、彼と私の別れも見届けて。
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