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私はまだ記憶の波に揺られていた。
次に辿り着いた記憶は、次の満月の夜だった。
やはりその日も不気味なほど真っ赤な月夜だった。自分の忌み嫌われる赤い瞳のようで私はその月を睨みつける。しかし、ざわつく胸を抱えながら引き寄せられるように湖へ行くと、前と同じように彼がいた。
「また、会いましたね」
「ええ」
「今日も、月が綺麗ですね」
「そうですね」
彼は私に微笑みかけた。うつくしい微笑みは、私のざわついた心を静めていく。
「なぜ、あなたはここへ?」
「さぁ……なぜでしょうね。この湖に、真っ赤な月が映り込んでいるのを、ただ見たかっただけなのかもしれない」
心底よく分からない、といった表情で彼は言った。その横顔を月明かりが照らしている。
彼の紺色の瞳がこちらを見ていた。暗いこの場所ではその瞳の色はより一層濃く見える。
「では、あなたは?」
「私は……私も、よく分かりません。こんな月の色は嫌いなはずなのに」
「嫌いなんですか」
「ええ、嫌いです。自分の瞳の色みたいで」
月を見ていた私の顔に影が落ちた。
正面から私の顔を見つめる彼の瞳に、私は釘付けにされて息を呑んだ。しかし一瞬で平静を取り戻し、普段と変わらぬ鋭い視線で彼を見返した。
「美しい色をしている。なぜ嫌うのか俺には分からないな」
「この瞳の色が忌み嫌われるものだってことを知らないんですね。不吉な色なのよ、赤っていうのは」
「さあ、そんな話は知らないな。俺は美しいものは美しいと言うまでだ」
「変わった人ですね」
思わず私は笑った。彼も私が笑ったのを見て、そのうつくしい唇の端を持ち上げた。
しかしそれは一瞬のことで、彼はすぐに眉をひそめる。
「君は、その瞳の色で嫌な思いをしたのか」
「そうね。私はもともと捨て子だから。初めはなぜ捨てられたか分からなかったけれど、周りの反応を見ていれば分かるわ。瞳の色が原因だってね」
捨て子だった私。物心ついたころから他人の悪意に晒され続けた私は、どこか歪んでいるという自覚がある。
彼はため息をついた。
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