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「そんなことをする人間もいるのだな。俺の生まれは、貴族なんだ。だから生まれた時から周りを全て綺麗なもので固められていた。君の境遇を理解することは難しいのかもしれない。だが、俺の周りも綺麗すぎて吐き気がするんだ」 「何故? 私のように汚いものしか見てこなかった人間にはあなたの状況は十分羨むべきものだけれど」 「はは。俺の立場になってみれば分かるさ。周囲は権力に飢えた者ばかりだ。誰も信用できない。善意の皮を被った悪意にいつも晒されている。綺麗なのは上辺だけなんだ。息苦しくて仕方がない」  苦しげな表情を浮かべる彼に、私はそっと手を伸ばした。なぜそうしたのかは私にも分からなかった。少し警戒したようにこちらを見た彼も、特に危害を加える気がないのを感じ取ったのか動かずにいる。その頬に私は指先を触れた。冷たい頬だった。  次の満月の日も。その次の満月も。真っ赤な月が映り込む湖で彼と私は逢瀬を続けた。  「月が綺麗ですね」と始まり、ただ話すだけ。その時は私も自分と彼の身分や立場なんて忘れて楽しんだ。  彼の理想を聞き、苦悩を聞き。他愛もない話をして。そして笑いあった。  そう、楽しかった。ただ話すだけだったのに。  満月の日を待ちわびている自分に気付いたのはいつだろうか。  私は、その間も――人を殺め続けた。それしかできなかったから。私にできることは、人を殺めることだけ。敵兵を減らし続けることだけ。それ以上の価値なんて、私には無かった。  だから、彼のことなんて隙を見て殺してしまえば良かったのだ。  そんなこと、出会った時から分かっていた。分かっていたのに。
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