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 微睡みから私を引き戻そうとするのは、体の側面に感じる固い石の感触だった。手首に食い込む縄の痛みが更に私を覚醒へと追い立てる。  心地よい微睡みから身を引き上げて目を開けると、暗い石造りの部屋を隔てる鉄の棒が見えた。地下牢の天井近くにある細い窓からは、あの日も見た真っ赤な月が顔を覗かせていた。  そうだ。何人もの兵を葬り去った私は、ついに捕らえられたのだった。過去の優しい記憶に溶かされそうになっていた現状が私の中に戻ってくる。  思い出した。今日は最後の満月の夜だった。彼と私の記憶の、終わりの日。  私と彼はいつも通りに話をしていた。ただそれだけで楽しかった。そこに闖入者が現れるまでは。  現れたのは、敵国の男のようだった。 「王子? どこですか?」  思ったより近くから発せられたその声を聞いて、彼は私を地面へ押し倒した。今まで彼に感じたことの無い、乱暴なまでの男の力強さだった。  紺の瞳が氷よりも冷たい色を放っていて、柄にも無く私は動揺した。  そして私は悟ったのだ。――もう、終わりなんだと。  彼との逢瀬は、もう終わりだ。私と彼とを繋いでいた糸は、こんなにも儚くあっさりと切れてしまうのだ。  その事実に、私は自分で思っていたよりも心を揺さぶられた。徐々に冷えていく指先が、何かを掴むようにわずかに縮こめられる。  何を今更。いつかはこうなることは分かっていただろう。分かっていて、この逢瀬を続けた。私は本来、捕らえられて殺されるべき人間だ――彼と、彼の国の人間に。  ただの等身大の男の顔から為政者の顔になった彼は、物音に気付いたらしい敵国の男が近づいてくると私を押さえつけていた力を更に強くした。 「こんなところにいらっしゃったんですね。その女は……?」 「敵国の女だ。見たところどうやら民間人らしいが、この辺りをうろついていたから捕らえた」 「そうでしたか。妙なことをされる前で良かったです。王子もお怪我はございませんか」 「大丈夫だ。心配ない」
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