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ねえ、君ー。
何をしでかしたんだい?可愛い顔をしてるくせに。
彼が目を覚ました場所には、何もない。いっそ清々しいほどの闇だった。
「今、影の中だからね。慣れれば何かしら見えるよ。」
近くにそいつはいるらしいー。と、彼は思った。闇の中から伸びてきたしなやかな冷たい手が、彼の輪郭をなぞる。いや、むしろ彼にとっては、温かいと感じたかもしれない。彼の身体の方がよほど冷たかったろう。
「俺は大罪人だ。」
彼の声はかすれて闇の中に響く。手は彼の喉仏に触れた。彼は何故か痛みを感じた。
その手が、彼をいたわるように優しかったから。
その手が、彼の首筋を何度もなぞったあの手によく似ていたから。
「愛した奴を殺したんだ。」
お前はあいつなのか?
彼は心の中で問いかける。もしそうなら、その手でこのまま俺の喉を潰せー。
「そう。そういうのが好きなんだ。」
手の男は、彼を嘲笑う。
ああ、莫迦だなあ。あいつじゃないなんてわかりきった事なのに。
「このままシてあげようか?」
彼は一瞬、嫌だと思った。しかし手が触れた時、全てがどうでも良いと、自覚するに至る。
「好きにしろ...何も感じない。」
「そうだよ。それが君への罰。」
「罰を与えてくれるのか...優しいなぁ。」
目尻からこめかみへ伝っていった水が自分の流した涙だと気が付くのには、少し時間がかかった。
彼が愛した人の涙も、いつも同じ場所を流れていった。愛し合う度に涙していた人。死ぬ時も...何故か、最期は微笑んでー。
「そう言っていられるのは今のうちだよ。終わらないよ。永遠に。」
手の男は言った。
「それで良い。」
恐れていたのは、無になる事だ。
俺とあいつが死んだ後、吹き荒ぶ風に灰塵と成り果て跡形も無く散り行く事。
お互いの創痍ももう、痛みもせずー。
「ふうん。ま、そんなだから、ここへ来たんだろうね。」
「お前は何だ。」
彼の問いに、男の綺麗な顔が笑んで歪む。
「ここの看守だよ。君に罪を思い知らしめるためにいるのさ。」
影を追い立てて、光が彼らを照らし出した。
彼をからかっていたのは、兎男。嬉しそうにクレーターからクレーターへと跳び移って行く。
彼の刑期はまだ始まったばかりだ。
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