狂飆の大洋

2/2
前へ
/4ページ
次へ
ー私の罪は、私に非があるとは思えません。 彼に与えられた牢獄は広い。 誰も彼に近づく事が無いように、だ。 彼の様子を見に行くときは、看守たちも十分気を使う。 彼にあてられない様に。 魅惑されないように。 「大罪ですよ。」 兎耳の看守は言った。 「みんな貴方を愛したんですから。」 この看守は新人だった。 よくよく注意するように、と先輩たちに口うるさく言われている。だから会話も事務的に行おうと決めていた。 しかし、この罪人のしおらしい事。 他の罪人は、ともすれば新人をからかおうとしてくるものだが、この罪人は何とも無害な人となりだった。 そんな彼が無実を訴えてくるものだから、つい話を聞いてしまう。 「あなたもそう思われますか?」 彼の声、仕草は月の白さと相まって、やたらと色っぽく見えた。 彼は新人看守の手を取る。 「愛される事は罪だと。」 切れ長の目に、銀色の髪。そしてその表情が湛える悲しみー。 疼く。 自身の鼓動を強く感じる。 恐らく彼は、欠片も悪くない。 しかし、そこには確かに、罪があった。 犯す。 罪を犯す。 華奢な骨張った体を貪り尽くすかのように、彼もまた、それを受け入れる。 「何なんです...貴方は、何なんですかっ!」 彼の前では注意なんて無意味だ。気付けば狂飆が心の中を支配する。 それでも十分に注意する必要がある。 看守は注意していたのだから、罪は彼にある。 彼に全ての罪をなすりつける。 「ほら...悦んでいますよね...!貴方が悪いんですよ...。」 なんて恐ろしい罪人だろう。 ここに来る前も、彼はそうだった。 嵐の大洋と名付けられた月の海。 彼の牢獄が何故、一番広いのかー。 どの看守に聞いても、真実を告げる事はない。 それは、誰も近づけないようにするため。 彼と誰かの秘密を、誰かが見ないようにするため。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加