【魔が差す】

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ほんの出来心だったんです。 と謝罪すれば、赦してもらえたのかな? ほんの少し、心に魔が差してしまって、それで...... 真っ暗な水底に沈みながら、私は考える。 魔が差す 普段であれば思いもつかないような間違い、または明らかに不正だと思われるような行動を、思わずとってしまった場合に使われる言葉。そこには本来の自分であれば絶対にしないし、常識として悪いことだとは判っていたものの、ついつい手を出してしまった。 故意ではあっても、悪意も反社会的精神も、ましてや驕りも自分にはありませんでした。だから、今回だけはどうか赦してください...... といった赦しを請うかのようなニュアンスが透けて見える。 あるいは、本来の自分であれば、絶対にあんなことしません。だけどあの時、あたかも何か効し難い外部の力、まるで悪魔の甘い囁きのような声が聞えて、ついつい手をだしてしまったんです...... といった責任転嫁を意図するかのような響きだろうか。 確かにこの国には、軽微な犯罪であれば初犯に限り、刑罰が課されない場合がある。俗に言う執行猶予という制度だ。一定期間、同じ過ちやその他の犯罪は起こさず、無難に過ごせた暁には、刑罰権を消滅してくれるという法の慈悲だ。 しかしその一方で『仏の顔も三度まで』という諺がある。どんなに慈悲の心が備わった人物でも、同じような無礼が続けば、最終的には怒り出す、赦されないという意味だ。 魔が差す 心の隙間に入り込んできた『魔』によって、引き起こされる過ち。諺通り三度繰り返された過ちが赦されないのだとしたら、私は既に詰んでいる。実刑判決を逃れる術はないのだろう。なぜなら私には、物心付いた頃からずっと此の方『魔が指し続けている』状態だったから。 つま先から膝の辺りまで、両足に絡みつく真っ黒で得体の知れない何か。まるで『蛭(ヒル)』のように、私の両足に吸付き、身体中の血を根こそぎ奪い取ろうとするかのようなそれは、よく耳にする海で遭難した人達の縋りつく手や、絡みつく長い髪といったものでは断じてない。 怪異 それはまさに昼間耳にした怪異そのものだった。 私の心に満たされた『魔』が呼び寄せてしまった古の怪異。 真っ暗な夜の海に引きずりこまれながら、私はそんなことを考えていた......
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