【間が差す】

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「あっ!」 それはほんの一瞬の出来事だった。 校庭の片隅に立てられた小さな飼育小屋。親しい友人がいない私は、放課後この飼育小屋のウサギを眺めることが日課だった。特に耳が垂れた茶色と黒のブチ柄の子がお気に入り。だけど飼育係ではない私には、扉を開けこの子に触る権利は無い。 一度でもいい。この子に触れてみたい。 医師の家庭でありながら、なぜかペットを飼うことが禁止されていた我が家。幼い私にはそのささやかな願望を抑えることが難しく、係以外には赦されていない飼育小屋へ侵入したいという想いが日に日に募っていく。 その日いつものように人気が無くなった校庭の片隅で、飼育小屋を眺めていた私はあることに気付く。 飼育係の子達、番号式の鍵を閉め忘れている! これはチャンスとばかり期待に胸が高鳴る感覚と、逆に自分はこれで犯罪者になるんだといった恐怖感。 それは私の中の『間』に『魔』が入り込む瞬間 相反する二つの感情に揺れ動きながら、周囲を警戒しつつ、私は恐る恐る飼育小屋の扉を開けた。とその時、小屋の隅にうずくまっていた白い子ウサギが、まさしく脱兎の如く扉の隙間をすり抜け校庭へと逃げ出した。 「待って! そのまま道路に出たら、車に轢かれちゃう!」 私は急いで扉を閉め、施錠をすると白い子ウサギを追いかけ始めた。 それから1時間、どうにか逃げた子ウサギを確保し、飼育小屋まで戻った私は鍵を閉め忘れたことに気付き、戻ってきたと思われる飼育係二人と担任教師が、真剣な眼差しで話し合っている場面に出くわす。 教師は怒っている風ではなかったものの、男女二人組の飼育係の内、女の子は今にも泣き出しそうな面持ちだ。それを見た瞬間、私の口から想いもよらない言葉が飛び出した。 「下校途中、道路でうずくまっているこの子を見つけました。」 自分でも驚くくらい自然に、そして落ち着いた口調。だけど微かな罪悪感を感じながら。 『間』に『魔』が広がっていく感覚 「月子ちゃん、ありがとう!」 「小幌は動物の扱いが上手いんだな!」 「先生、月子ちゃんにも飼育係に入ってもらおうよ?」 今にも泣き出しそうだった飼育係の女の子の笑顔。そして担任教師の関心したような言葉。飼育係の男の子からは、私を歓迎するかのような提案。この日以来、私は嘘をつくことで人々から賞賛が得られることを知った。
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