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スパイの掟
愛美は名前の通り愛くるしい黒目がちな瞳を潤ませて言った。
「裕彦さんに言い寄って欲しいの」
裕福な家庭で散々甘やかされて育った愛美は、元々世間知らずでぶっ飛んだことを言う女であった。
それにしたって何てことを言い出すんだ。
話を聞いていた美希は耳を疑った。
「愛美、あんた何言ってるかわかってる?裕彦さんってあんたの婚約者でしょう?」
「わかってるわよ。裕彦さんは大切な人よ。だからこそお願いしてるの」
愛美の話はすっかり矛盾している。
美希は根気強く愛美からワケを聞き出した。
裕彦とは愛美の親が決めた婚約者である。
政略結婚といえば大袈裟だが、金持ちの家には様々な事情があるらしい。
親同士の繋がりで決まった結婚ではあったが、女子校育ちで女子短大に通っていた愛美は自分と同じ、いやそれ以上の名家の生まれの爽やかな好青年にすぐに熱を上げた。
裕彦は三つ上で既に社会人であったから、愛美が短大を卒業したらすぐに結婚するということで在学中に婚約を結んだ。
愛美ののろけ話を聞く限り二人は順調だ。
それなのに愛美はモーションをかけろなどという。
「……で?裕彦さんの愛を試したいために私に芝居を打てと?」
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