全ては、たったひとつの熱望からだった。

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全ては、たったひとつの熱望からだった。

 桜文(サーヤ)はこの春に中学生になったばかり、部活説明会で見せられたイラストの色の美しさに惹かれ、絵をかけないのに美術部に所属している。  うつくしいファンタジーを描く無口な部長、毎日違う漫画や雑誌を持ってくる副部長、運動部の助っ人をするほど体を動かすのが好きなのになぜか美術部の凛(リン)先輩、全員3年生の彼女たちと、同じ1年生の女子2人に囲まれて、にぎやかながらも穏やかな放課後生活が始まる――はずだった。 「今度の休み、みんなで遊びに行くよ!」  その一言だけで副部長たちが連れてきたのは、地方における二次創作の唯一の祭典、熱気渦巻く同人イベント会場だった!  大勢が賑わい、ざわめき、色めき立ち、まるで噂に聞くフリーマーケットのように、手渡しで本や小物をやりとりしている。そこにゆらめくのは、表現せずにはいられない、描かなければ耐えられない……そんな衝動と熱量だ。 (すごい、すごい、ここにいたい、あの場所に立ちたい――)  布を垂らしたサークル机の向こう側は、サーヤのあこがれの場所となった。  興奮冷めやらぬ週明け、先輩たちが宣言する。 「私たちはこの中学生最後の夏、サークル参加を行う!」  鮮やかに有名漫画のファンアートを描く部長に、なぜかショックを隠せない同級生の結里花(ユリカ)。  方向性は違えど、どちらも美麗なイラストを描く副部長とリン先輩に、顔をしかめる別の同級生環奈(カンナ)。  彼女たちを気にかけながらも、サーヤは頒布物のひとつであるペーパーに誘われ、担当部分を作りはじめる。しかしそこで、自分が自分でわからないほど絵が下手であることを……笑うことすらできないほど中途半端に下手な、立体感のないのっぺりした絵を描くことしかできないことを思い知らされる。原稿は渡したものの、いたたまれない気持ちで一杯になってしまう。 (絵が上手じゃなきゃ、あの机の向こう側には行けないんだ……!)  落ち込むサーヤはある日、誰もいない美術準備室でユリカが背を向け、一生懸命何かを読んでいるのを見つける。声を掛けると、ユリカは手に持っていた分厚い本を落としてしまう。それは棚に置かれている画集の一冊で、印象派をまとめたものだった。
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