お別れの、前の日。

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 勉強机の前から椅子を引っ張ってくると、優衣は言った。 「えっ、うそでしょ? 卒業と同時にってこと?」 「そうそう。佐藤、妊娠したって」 「高校生で妊娠。世も末だね」 「ババアか」 「妊娠っていえば、あんたが好きだったあのアイドルさ」  優衣が漫画本を手に取って椅子に座ると、純平はバスケットボールを弄びながら窓縁に寄りかかる。そして、星屑の下、他愛もないおしゃべりをする。  いつもそうだった。変わらなかった。  これからもずっと、変わらない。少なくとも、優衣はそう思っていた。思いたかった。  この時間には、終わりが来る。そう感じ始めたのは、いつからだったか。  やがて、沈黙が訪れた。  ぺら、ぺら。ぽん、ぽん。  漫画本のページをめくる音と、バスケットボールが手の平に着地する音だけが、耳に響く。  純平が、小さく息を吸った。  優衣の指が、微かに振れた。 「そういえば俺、明日からアメリカに行く」  知らなかったと思うけど、と、純平は付け足した。
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