ミスター・レインマン(Ⅰ)

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 もちろん、ミスター・レインマンは純粋な日本人でもなかった。  イギリス人の父と日本人の母の間に生まれたハーフで、彼が生まれてから程なく両親が離婚、泥沼の離婚調停の末に親権を勝ち取った母親が彼を引き取り、そのまま彼女の故郷である日本で暮らすこととなった。    そもそも根っからの流浪の人であったイギリス男がふらりと立ち寄った日本で、緩慢な毎日に程よい刺激を求めて夜の街をさ迷い歩いていた日本の女子大生と偶然出会い、意気投合し、その流れにまかせて肉体関係を結んだところからこの物語は始まった。  周囲の猛反発にもめげず、むしろ反対されればされるほど、その道のりが困難であればあるほどに二人の決意はいよいよ頑ななものとなり、彼女は大学を中退、誰の賛同も祝福も受けることのないまま、遂には籍まで入れてしまった。  もちろん式を挙げるだけの経済的な余裕などなかった。  二人は婚姻届を役所に提出したその帰りに、普段は踏み台の上で背伸びをしてもまず届かないようなフレンチ・レストランでささやかなディナーを食べ、彼は世界を旅している最中に中東の露店市で手に入れたという対になったターコイズの指輪の一方を、彼女の左の薬指に仰々しくはめた。  それだけで精一杯だった。     
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