ミスター・レインマン(Ⅰ)

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 だから、少年のいる街から何百キロも離れた遠くの街の小さなモーテルの一室で、彼の母親が白いバスローブの帯紐で首を吊った姿で発見された旨を警察から聞かされた時、複雑な心境から、ある人は大きなため息を吐き、ある人はやるせなく首を振った。    おまけに彼女と一緒に逃げた相手の若い男が、かたわらで胸に包丁を突きたてられた姿で絶命していた。  モーテル近くのホームセンターの防犯カメラには、荒い画素数でもハッキリと識別できるほど鮮明に、当日、凶器となった包丁を購入する彼女の姿が写っていたし、柄の部分には指紋もくっきりと残っていた。  どうやら彼女は一瞬の衝動などではなく、計画的に男を刺し殺した後、明確な意志を持ってして自ら首をくくったようだった。    遺書らしきものは見当たらなかった。  しかし、現場検証にあたった鑑識が屑籠の中を調べると、なにか短い言葉が薄い字で書かれたモーテル備え付けのメモ用紙が、クシャクシャに丸められて捨ててあった。  文字のインクがひどく滲んでいて簡単には解読できなかったが、どうやら『ごめんね』と書かれているらしかった。    誰にあてた言葉なのか、インクを滲ませたものはなんだったのか、そしてなぜ遺書として書いたであろうそのメモ用紙を捨ててしまったのか……真相は誰にもわからなかった。  ただ、誰もがその理由をわかってはいたが。  
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