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良く回っていたはずの舌はピタリと動くのを止め、その口元には力のない苦笑いが消え入りそうなほど薄く浮かんでいるばかりだった。
きっとめんどうな客だと思っていたことだろう。
確かに彼の顔は、昔嫌な別れ方をした元カレにどことなく雰囲気が似ていた。
結んだネクタイのセンスはおぞましいの一言だったし、微かに漂ってくる甘ったるい香水の香りには嫌悪感しか覚えなかった。
けれど、だからといってその店員に特別意地悪をしたかったわけじゃない。
私のこだわりの方が、どんなに素敵で魅力的な不動産的メリットの数々よりも勝っただけの話なのだ。
彼の飽くなき仕事への情熱と、男としての気高きプライドをあっさりと踏みにじってしまったことには今更ながら本当に申し訳なく思う。
これからの彼の不動産屋人生に暗い影が落ちてしまわないようにと切に願うばかりだ。
せめてもの償いとして、もしもこの先誰かに不動産屋を紹介するような機会があったとしたら、私は真っ先に彼のことを薦めてあげよう。
そんな機会があったあかつきには、本当、必ず、絶対に……。
***
どうしてそこまで部屋の日当たりにこだわらなければならないのか?
正直なところ私にだって理由はいまいちはっきりとはしない。
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